【逆説的】教育をより良くするためには教師の数を減らさなければならない【見解】

理想の教育というのは世の中たくさんある。それは、ドルトン・プランだったり、イエナ・プランだったり、モンテッソーリだったりする。19世紀中ごろから公教育が始まり、集団での学習が始まったわけだが、これらの「理想」の教育というのは、そういった一斉授業に対する不満から生まれた。




確かに、こういったオルタナティブと呼ばれる教育方法は素晴らしいものである。個々や能力別に分けたグループによる学習、子供たちの興味から始める学習、学年を超えた共同作業など、確かに伝統的な学習と比べて、自分の子供に受けさせてあげたい教育である。




しかし、こういった素晴らしい学習方法があるのに公教育では受け入れられなくなったのはなぜだろうか。答えは一つではないだろうが、私は「予算」だと答える。一斉授業は一番予算がかからない方法なのである。現在の一斉授業の方法であれば、先生はより多くの生徒を見ることができる。大学の大部屋授業を見ればわかるが、何百人レベルの学生を相手に一人で授業をするということも可能なのである。一クラスの生徒の数を減らせば、確かに生徒をより細かに見ることができるし、成績も上がるという研究結果も出ている。しかし、それは人件費を何倍にもすることにもなる。




事実、生徒と先生の比率が比較的小さいオルタナティブ教育の授業料は高い。例えば、ザ・モンテッソーリ・スクール・オブ・トウキョウでの年間授業料は200万を軽く超えている。他のオルタナティブ教育の学校でも、安くて何十万レベルである。フリースクールにしても、しっかり教えるところは月5万円クラスである。ここまでの授業料が払えるのは一部のお金持ちだけだろう。私は、昔オルタナティブ教育の学校で営業を行っていたが、実際に入って来る生徒の親の職業を見ると、超大手企業のゼクティブクラスや社長だったのを覚えている。(個人的には、そういった親御さんと話しが出来て、彼らの考え方が凄く参考になって、自身の成長にはすごくよかったと思っているが)この時思ったのは、教育の平等の欠如である。残念ながら、お金持ちしか受けることができない教育というものが世の中にはたくさんある。似たような感覚は塾で教えていた時にもあった。お金持ちの子供は、たとえやる気がなくても、たくさんのコマの授業をとっていた。一方でそうでない家庭の子供は、たとえやる気があってもそこまで授業が取れなかった。いやな世の中だなと思ったのを覚えている。




教育者の方で政治的な活動をしている方たちもいる。そのうちの一つは、少人数学級を作ろうというものである。仮に、日本が独裁国家で、私が何でも決めてよい立場の人間だった場合、この提案に「はい」というかと聞かれると、正直「No」である。理由は、費用対効果が見えないからである。確かに、少人数学級によって生徒の成績は良くなるだろう。しかし、それはどの程度あがるのだろうか。それは、日本にとってどのようなメリットがあるのだろうか。恐らく数字で表すのは難しい。一方で、日本は借金まみれの国である。さらに、超高齢社会で医療や福祉にかなりの予算をつぎ込まないといけない。限られた税収の中で、効果が「不確かなもの」に投資するのは正直難しい。




これは結局、お金を「たかる」ところが、直接的になったのが間接的になったということに過ぎない。現在のオルタナティブ教育は消費者である生徒の親に費用を請求している。これは、いたってフェアといえる。しかし、公教育の場で少人数学級を作る場合、財源は税金である。税金は国民から徴収しているので、当然教育と全く関係がない人が払った税金も使われることになる。恩恵を全く受けない彼らが、少人数教育に反対するのは明白であろう。




教育者が、ベストな教育を考える場合「予算」は絶対に考慮しなければならない。予算の制約がなければ、より良い教育ができるのは当たり前である。国にしても、生徒の保護者にしても、予算の制約があるのだ。残念ながら、教育にはどれだけお金をかけてもいい、という考えではない。仮に、少人数学級を訴えるのであれば、その予算がどれくらいかかり、その予算をどのようにしてカバーできるかまで、話すのが筋だし、相手(国)を説得できる方法なのである。




私が理想とする社会は、「教育を受けたい誰もが、等しく教育を受ける機会がある社会」である。これは、公教育だけではなくて、例えば家庭学習の中で独自に勉強したい場合に無料やリーズナブルな価格で学習を受けられるような社会である。そのためには、削るべきなのは実は「教師」なのである。一般的に企業の費用の7割は人件費である。そのために行えることは授業のオートメーション化である。例えば、スタディサプリのような、授業のビデオを見て、それから生徒が回答をするというシステムである。スタディサプリが月額980円で運営できるのは、先生一人あたりの生徒数を限りなく増やすことができたからである。仮に、授業のオートメーション化が進めば、教師の役割はしいて言えば、生徒指導とか、イベントや話し合いなどのファシリテーターとか位になる。こうなると、実は教師というのは必要ではあるけど、かなり数は減らされるのではないだろうか。「教師の方が、生徒がより理解できるように教えられる!」という人もいると思う。しかし、それを保障するものは残念ながら「ない」。(まあ、このオートメーション化によって、生徒は「個人授業」を受けられるわけだからね。)




こうして考えながら書いていて、たどり着いた答えは、「皆が必要とする教育を受けられるようにするには、教師の数を削減すること」になる。授業のオートメーション化により、人件費という予算が減れば、その分授業料も安くすることができ、子供たちは自分が受けたいレッスンをより多く受けられるようになる。ちなみに、今日も教師の生徒への性犯罪がニュースになった。教師が減れば、教師の性犯罪数も減るだろう。一般的に考えると逆説的な考えではあるが、こうして考えると少なくとも一理はある考えだと思う。教師は今のうちに転職先を探しておいた方がいいのかもしれない。



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