【自宅学習】センター入試の現代文から本当に必要な教育を考える。【ホームスクール】

センター入試を私も現役の時に受けたことがあります。特にセンター入試を使った受験を行うつもりもなかったのですが、あばよくば、みたいな気持ちで受けたのを覚えています。結果は惨敗でした。




私が大学受験に失敗した理由は、そのやる気のなさでした。英語は元々嫌いでしたし、中学時代好きだった日本史も、受験問題の細かすぎるところを聞かれるところから嫌いになりました。しかし、今思うと一番嫌いだったのは国語でした。古典や漢文を学習する意味が分からなかったですし、現代文がどうやっても成績が伸びなかったからです。人によっては、「現代文は答えが問題文に書いているから一番簡単だ」と言いますが、「なぜこんなに難解な言葉で、回りくどく書くのかわからない」と今でも思います。とかく、そんなことを勉強する理由が全く分からなかったですし、今でもわかりません。




そもそも、センター試験や他の大学受験問題に出てくるような難解な論説文を大人になってから仕事で読むことはありません。しいて言えば、出版社の一部の編集者ぐらいでしょう。しかし、編集者もセンター試験のような変な質問に答える必要はありません。




私も物書きの端くれですが、基本姿勢はアメリカの大学で学んだことです。それは、「書き手」が、趣旨を明確にすることです。100%読み手がその作文の趣旨が明確に理解していなければ、それは書き手の責任です。読み手が「ああだ、こうだ」と言って頑張って趣旨を探すようなものは、いいものではないのです。




恐らく、こんなことを書いていると文句を言う人もいるでしょう。「読解力は大事だ」「本を読まないからこんなことになる」などと言ってくるに違いありません。しかし、この文句を言っている人は十中八九、読解が得意な人ではないかと思います。自分が出来るからできないという人に「甘えだ!」などということができるのです。案外私も数学ができない人に同じようなことをいうと思います。




結果思うことですが、学習というものは自分のやりたいことをするのがいいのではないかと思います。私は生まれ変わっても東大を目指すということはないでしょう。あんな馬鹿みたいな受験勉強をするくらいであれば、海外の大学を目指す方がよっぽどメリットがあると思います。アメリカの大学では、入学において応募者の学力のほかに部活やボランティア活動の記録を見るので、この方がよっぽど理にかなっていると私は思います。




しいて親ができることは、学習をする必要性を解くことです。例えば、なぜ方程式は必要なんでしょう。どういう状況で使うのでしょう。そのことを伝えることで、子供は方程式を学習する理由がわかります。仮にそれが伝えられないのであれば、実は方程式は生活に使うことはなく、学習しなくてもいいということになります。その分別の事に集中すればいいでしょう。




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